研究テーマ概説

【1】これから掘り下げていきたいテーマ

 先天色覚異常に関する社会問題の分析

【2】上記のテーマを掘り下げる理由・背景。および掘り下げていきたい内容・論点。

 全国にはおよそ290万人の先天色覚異常者がいるであろうと推計されているにもかかわらず、これまで先天色覚異常に関する社会問題が大きく取り上げられる機会はあまりなかった。そのおもな理由として以下の4点が考えられる。

 

 (1)稀な例を除き、先天色覚異常には色覚以外の視機能障害がない。そのため先天色覚異常は、視機能についてのみ考えれば軽微な機能障害といえる。したがって、表示物の視認性改善など、障壁除去施策の対象として扱われる際にも注目度が低い。

 (2)先天色覚異常者の各々にとっては生まれ持った違和感のない色彩感覚であり、一生を通じて程度が悪化/改善することもないため、自身の色覚について客観的な自覚を持ちにくい。よって、実際に困難に遭遇したときでさえ、色覚異常に由来する問題であるという自覚が生じにくい。そのために困難や支障を訴える例が少ない。

 (3)先天色覚異常であっても、知識を身につけ、経験を積み、慎重さが備わると、色誤認の指摘を受けないようになる。そのため、状況・環境への適応能力の高い人物にとってはさしたる問題ではなくなる。

 (4)先天色覚異常は一般に、白黒の世界を見ているかのように誤解されてきた。進学・就職・資格取得などの際には、以前ほどではないにせよ、いまも一部で厳しい処遇を受けている。また、日本においては遺伝に潔癖さを求める傾向が強く、先天色覚異常が遺伝によって決定するという事実が、婚姻・出産などの機会において重く扱われてきた。こういった社会的な要因が複合的に影響し、先天色覚異常の話題そのものが意図的に避けられてきた。

 

 (1)の通り、日常生活において先天色覚異常者が支障をきたすような場面はほとんどない。しかし、まれに小さな困難に遭遇することもある。もしその困難を社会に現存する障壁であると捉えるなら、そういった障壁を除去するよう、広く社会に働きかけなければならない。その際、論拠として先天色覚異常者が実感した困難を提示することが必要になってくるのであるが、(2)および(3)についての個人差が大きいため、客観的・定量的な情報の獲得が難しい。そこへ、近年、「どんなに小さな障壁でさえ除去されるべきである」と考える人々が声を上げ始めた。些細な困難をも拾い集めて世に訴えようという姿勢で、社会に対して積極的な働きかけをしており、一部では福祉ビジネスとして成立しつつもある。しかし、支障・困難を客観的に評価検証するという手順を省きつつ障壁除去の運動を進めているため、論拠に乏しく、説得力を欠き、主観的な運動の様子を呈している。

 こういった状況にあって、(4)は、もっとも重要な、そして根の深い問題を示唆している。日本における先天色覚異常者のほとんどは自ら困難を訴え出ないという現実がある。色覚異常に対する認識不足や誤解が大きいため、ほとんどの先天色覚異常者は、遭遇した困難をいちいち口にしないほうが気楽でいられるという実感を持って生活している。そういった人々の感情を尊重する側面もあって、先天色覚異常者は一般に「日常の不便がない」「生活や仕事に支障がない」などと説明されてきた。

 障壁を除去しようという社会の動きと、とくに日常的な不便はないという大多数の声は、明らかに矛盾している。といって多数の声を覆し、「先天色覚異常者は日々多大な苦労をしている」と捉えてしまうと、先天色覚異常者だけでなく、先天色覚異常の遺伝的因子を持ったすべての人(全国推定580万人)を苦しめることにも繋がりかねない。障壁除去の流れは喜ばしいが、その裏付けとして先天色覚異常者の困難を強調するのは好ましいことではない。

 このようにして、いま、先天色覚異常をとりまく社会問題は大きく迷走している。迷走の原因となっている矛盾を解くには、問題を丹念に拾い上げ、ひとつひとつ検証していくしかないと思われる。その作業をもって、現代の日本社会における先天色覚異常の位置付けを明らかにしたい。

 

2009-04-24 地域福祉論(広井良典 先生)